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はいはい、これはアイロンです!

これまで使っていた古いアイロンが、ミズアカを吐くようになってしまったので、必要があって購入したのだが、実は仕事にも関係があるモノである。

いま10月刊行予定で進めている本に、エクストリーム・アイロニングの日本の第一人者である松澤等氏の熱い思いをつづった本『そこにシワがあるから』があるのだが、この「コンフィグリップ」こそは松澤氏が「これぞ男のアイロン」と太鼓判を捺す一品なのだ。大きくて重い、そして黒い!

エクストリーム・アイロニングを知らない?
EIJ(Extreme Ironing Japan)のサイト
男の隠れ家ONLINEでの松澤氏のブログ

これはイギリスのモーフィー・リチャーズ製で、松澤氏の推薦があってか、特にブラックについては品薄で入手困難な状態が続いている。......手に入らないと欲しくなるのが人の性というやつで、ネット上の店を探し、実際に在庫を確かめるために電話をかけ、ようやく一個手に入れたのである。

このコンフィグリップは大きくて重いだけではなく、非常に高性能。ステンレスの底はなめらかに衣類の上をすべるし、鼻先は霧吹きになっているし、なんといってもスチームショットの強力さ、持続性といったら、旧来の軟弱なアイロンとは比べモノにならない。
また、青色LEDで示される温度メーターもかっこいいし、ピコピコと音もなる。
(そのうち、WindowsVista搭載とか、1200万画素とか、ワンセグとか載るかもしれない。)

僕の場合、去年くらいまではほとんど形態安定シャツに頼り切りだったのだが、松澤氏と仕事をするようになってからは、週に数回ワイシャツには自分でアイロンをかけている。ワイシャツは、だいぶんうまくかけられるようになったし、また、アイロンをかけるには、やはりシャツは綺麗なほうがいいので、洗い方(事前のケアとか柔軟剤とか)にも気をつけるようになった。これまではワイシャツは消耗品だと考えていたが、大事にするようになったので、いまではちょっといいワイシャツを買うようにしている。

まあ、編集者がアイロンをかけるようになったからといって、本が売れるわけではないのだが、僕の場合はそういう「のめりこみ」が必要なのである。そして、自分でやってみて限界を知ることで、それに本気で取り組んでいる人たちへのリスペクトが生まれるのである。まあ、僕の場合は主婦的にアイロンかけてるだけのインドア・アイロニストなのだが。

ちなみに、コンフィグリップの強力スチームに驚いたふくちゃんは、このアイロンにはおそれをなしている。

みなさん、この秋冬はアイロンです!

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いや、別に稀覯書趣味はないのだけれど、前から欲しかったBrehm's Life of Animal Vol.1: Mammalsをアメリカの古書店からネットで購入。ようは、昔の動物図鑑ですな。本当は6巻組だが、第1巻しか手に入らない。。。とはいえ、見つけて即購入して、到着までに船便で1か月くらいはかかるかな、と思いきや、3日くらいで着!ワクワクテカテカしながら荷を解くと、結構状態がよいではないか。

これはドイツのブレームさんが博覧強記と旅のすえに1860年代以降まとめた巨大な動物図鑑で、英語版はいまは書店に普通に手に入る本はないのではないかな。オリジナルの独語タイトルはBrehms Tierleben。

右にいるのは、謎の哺乳類。

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本の背は、今ではありえない革装。表紙はクロス張りに金箔押し。
「こういう本を一度はつくりたい!」
たぶん、いま日本でこれ作ったら、部数にもよるけど一冊10000円ははるかに超えると思う。

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今回購入したのはシカゴのA.N.Marquis & Companyで、1896年に刊行された版。
つまり112年前につくられた本!
つくりのいい本は時代超えるもんですね。造本については、はっきりいってすごい技術です。1896年には、ちなみに、第二次伊藤内閣総辞職、第一回アテネオリンピックなどがあったそうです。


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中には図版がてんこ盛り(図鑑だからな)。写真ではわかりにくいが、この絵がビミョーに味があって、動物の顔とかはたまにヘタ?と思うものもあって面白い。図鑑なのに、絵の中にいちいちドラマがあったりする。上のシロクマさんも、明らかに船襲ってる感じ。

ちなみに、チーターの項では、アフリカの原住民に飼いならされて狩猟チーターとして使われている図が載っている。おとなしくて手なづけやすいとも書かれている。まじすか。当時はそれが普通すか!

あと、犬のところには「プードル」も載っているのだが、なるほど!そこを残してそこを剃りますか!みたいな刈り方だったりするのが面白い。また、当時はあまり観察する術がなかったのだろうが、クジラ類の絵になると、とたんにやる気がなくなっていて、荒れた海と、その水中のもわもわ~っとしたところにクジラがもわもわ~っと描かれていたりする。つまり、細部はよくわかりませんというのをごまかしているのだろう。

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で、なんと、たまに一丁ずつ全部で10枚くらいのカラー図版も! しかも、あんまりカラーでなくてもよいのではと思われる絵が。。。当時としてはきっとものすごく豪華な造りなんだろうけど、アメリカ版でわざわざ鹿をカラーにする必要がありますか?

おそらく、100年以上も前の本なので、動物学的にはかなり怪しい記述などもあることだろうが、とはいえとても魅力的な一冊である。本の編集者としては、こういう本からはパワーとアイデアをもらえる。本というのはこういうものなのだよ。

まあ、購入価格はあえてしるさないが、中身とつくりを考えると決して高いものではないよ。


担当書、文庫の『負け組ジョシュアのガチンコ5番勝負!』をみなさんにぜひともお読み頂きたいな、と。

会社のブログにも書いたけど、20代後半から30を越して、なんだかなーという世代にはお薦めです。元気が出ます。映画で言えば『フォレスト・ガンプ』に『がんばれベアーズ』と『クールランニング』を足して二乗した感じです。

ブログはこちらhayakawa nonfiction blog

最近ダーツを始めて、あ、まだ成長するのね、と思った私。それを広げてくとこの本になるわけですね。

最近ダーツの話題ばかりで、まったく編集者らしい話がないので、たまには本の話も。

『第1感』はアメリカでベストセラーを記録したBlinkの翻訳である。

Blink、つまり瞬きをするほどの間に人が感じ取ることのほうが、客観的なデータを積み重ねて時間をかけて判断したことよりも、正しいことがある。直観の力について、いろいろな心理学的な実験や、ビジネスや軍隊の事例などを引いて解説している。なるほど、言われてみれば、たとえば会社においても、個々人がぱっと考えればダメそうな企画でも、いろんなデータを集めて会議をすると、なんとなくそれなりにまとまって見えることがある。これまでの会社生活では、それでうまくいった例を知らない。

逆に、編集者として言わせてもらえば、直観的に面白いと思った本については(僕は翻訳書籍がメインなので、企画探しといえば元になる本を探すことであることが多いのだが)、経験的にいえば、「進めたほうがいい」。そこには、外国で売れているかどうか、類書の成績がどうか、といったデータはほとんど必要ない。それだけでラインナップを組んだとしても、漫然と「出すべき本」を出すだけよりはいい打率が残せる気がする。じゃあ、営業の意見も聞かず、好き勝手にやっていいことになるじゃないかという反論もあるかもしれないが、それについては基本的には「好き勝手にやっていい」と思っている。だが問題は、直観的に「面白い」と思える本、データはなくても確信を持って推せる本というのが、そうそう簡単にあるわけではないということだ。それだけでラインナップが組めるほどには、たぶん点数が揃わない。言ってみれば、編集会議というのは、会社で刊行「すべき」本を確認したり、ラインナップの点と点をつなぐ本を提案したり、というのがもっぱらの業務なのかもしれない。

ところで、その「第1感」を身につけるにはどうすればよいかという本では「ない」。そういえば前作の『ティッピング・ボイント』という本も、特別どうすればよいというところまで踏み込んではいなかった。グラッドウェルの本が日本でいまひとつ話題にならないのは、アイデアの提示のみで即効性がないことに要因があるように思われる。といっても批判しているのではない。むしろ、僕はそっちのほうが好きだ。実効ばかり追いかける本ってつまんなくないか、と思う。本の面白いアイデアに刺激を受け、そこからそのワクワク感をどう仕事の現場に生かすかを悶々と考えることが楽しいのではないか。日本ではなかなかそういう本は売れない。特に翻訳ものだと、具体的には5万部くらいの小ヒットになれば御の字、といったところだろう。

しかしまあ、これは「読むベキ」の本である。面白い、面白くない、タメになる、ならない関係なく、読むベキ本。ここにはいろいろな恣意的な基準があるが、それは開陳してもしょうがないので、ここでは省く。ちなみにもう一冊、東洋経済で出ている『ヤバい経済学』(原題:Freakonomics)も「ベキ」だが、こちらは近隣の書店で見つからなかったので、会社の近くで買おうと思う。

もうかれこれ7、8年はそのままだったホームページを大改修。

これは個人のブログをつくるくらいのことではなく、もう本当に時間も金もかかる大作業で、外部の業者さん三社くらいと詰めに詰めてつくったもの。構想・設計に約半年。なんとかECサイトができあがった。いまだデータのメンテナンスなどには課題はあるものの、ひとまず今日(19日)リニューアルオープンとなった。

僕は書籍編集者とウェブ担当の兼任なので忙しくはあったが、ウェブディレクターさんたちの仕事ぶりに大いに仕事を受けた。会議はきちんと議事内容とかける時間が決まっているし、ToDoもきっちり確認するし、なんせリリースに向けてのスケジュール管理の緻密さといったら脱帽。メーリングリストを使っての連絡伝達も的確。いやあすばらしい。

それに引き換え、社内ではなかなかすばやく動けなかった。社内決裁も時間がかかるし、ウェブとなるとなじみが薄いからか人によって意識も違うし、おまけに個人専用のPCがないので違うフロアまでメール見に行っていた…。あまりにばかばかしいので個人でノートPCを買って毎日持参することにしたが、満員電車で液晶が割れ、保証外というので思わぬ出費も! 何度がるるるるとうなったことか。

個人のこととしても、他の業種の人の仕事を見ると自分の仕事のアラやムダが見えてくるので勉強になる。僕はスケジュール管理が苦手で、他人に優しく、自分にも優しくやってきたので、意識のうえでも改善しなきゃと思った。ま、本作りのうえでは往々にして原稿は遅れるものだが、それのせいだけではないことも自覚している。仕事はexecution(実行)につきる。

で、新生ウェブサイトはこちら。
www.hayakawa-online.co.jp

やりたいことの前に、やらなくてはならないことがたくさんある。
(注 ポジティブな意味に捉えてください)

ちなみに、ウェブの構築と並行して、著者・外編集者・校正者がすべて70歳以上という戯曲集も作っていたが、こちらは生原稿と版下、ファクスが最新機械という世界だったので、対照的で面白かった。下町の人情もので、味がある。装幀も渋いっす!ただし、版下だったので書影データをまだスキャンしておらず、ウェブには間に合わなかった……。私の責任です。

年末は編集者は忙しい。一月下旬に出す予定のものを年内に片付けちまわなくてはならない。ま、仕事するの自体は苦ではないので、精神的に追い詰められるということはないのだが、ここのところ週末はずっと仕事している。ということは一週間休みなく仕事しているということだ。これが終わらないと年が越せない。

一月刊『ファルージャ 栄光なき死闘』は、時事モノ・軍事モノであるが、百人以上の登場人物と、その階級をいちいちチェックするだけでも結構大変。組織表とか自分で作ってみて、初めてわかる間違いや矛盾点もある。500ページ超の大作なので大変だ。そういえば今年はこのくらいのボリュームのものが多かった。『マザー・ネイチャー』はこれの倍くらいあったし、『シャドウ・ダイバー』もこれくらいあった。厚い本はいい。営業さんは薄くて安くて簡単な本を望んでいるのかもしれないし、もちろんそういう本でも良い本はたくさんあるが、僕自身はやはり厚い本にロマンを感じます。厚きゃいいというものではないが、ある程度のボリュームというものは一種の品質保証としての側面もあるように思う。

ところで、土日は近所の「カフェ大好き」という喫茶店で、仕事をしていることが多い。安いし、落ち着くし、なかなかよい。カフェオレ一杯300円。だいたい二杯飲むことになる。安いのはいいのだが、彼女が途中から家からやってきて、勝手にケーキセット二つとか頼むので(もちろん二つとも彼女が食べる)、結局1400円とかになる。それでもこの値段は安いように思う。まあ、他に出かけるわけでもないからいいか。

ちょっと前に読んだA・J・ジェイコブズ『驚異の百科事典男 世界一頭のいい人間になる!』文春文庫が面白かった。

30を過ぎて頭が悪くなってきたと考えた編集者(!)が、一念発起してブリタニカ百科事典、全32巻をAからZまで読み通すまでを綴った日記的ノンフィクション。Aから順に、気になる項目を挙げてその内容にコメントしながら、同時に自分の身の回りに起こっていること(妻との子作りのことや、クイズ・ミリオネアに出たこととか[むろん、アメリカの])を書いている。とても厚い文庫だが、これがまた面白い!

正直、ブリタニカ百科事典というものについて、伝統ある事典であるというくらいしか僕は知らなかった。ある日、うちの社長が会議のときに、「出版社ならブリタニカくらいなきゃだめだ!」と言って、どこからか頂いてきたブリタニカ(何年版なのかな)をどさっと持ってきたことがある。そうか、これが知識の宝庫なのか、と思ったが、社長はこう付け加えた。「ただし、Aの巻だけがないんだ」……ブリタニカはいまだに会議室で権威的な顔をしている。

それはさておき、このジェイコブスさん、すごいな。中に出てくる頭のいい人たちはおおむねこの試みに閉口することが多いのだが、僕はこういう暴挙は大好きだ。日本のアマゾンには置いていないようなので、アメリカのアマゾンhttp://www.amazon.com/gp/product/0852299613/で見ると、重さ120ポンドと書いてある。ポンドってぴんとこないが、12ポンドのボウリングボール10個分と考えるとずしっと重い(計算すればいいじゃん)。一冊持ち歩くのも大変だ。900ドルという値段も決心を必要とする。

ところで、百科事典といえば僕も一そろい持っている。とある本の翻訳者(とうに故人)のご家族のかたから、「やる気のある若い方に使ってほしい」と全二十数冊を頂いたのだ。40年ほど前のしろものなので、記述自体は怪しいし、仕事で使おうと思ったらもう一度別の文献にも当たらないといけないかもしれないが、この本を読んで、なるほど「読む」という手があったかと思っている。たまには拾い読みしてみようかな。

翻訳者の鬼沢忍さんに頂いた訳書、ロジャー・ローウェンスタイン『なぜ資本主義は暴走するのか――「株主価値」の恐るべき罠』を読了。途中でいろいろ読まなければいけないものがあったので、頂いてから時間が経ってしまったが、読み始めてからはわりにさくっと読めた。

本の内容自体は新しい話題ではないものの、株主価値を経営者たちが履き違えて自分たちの貪欲さを満たすために利用してきた、という流れをうまくまとめている。報酬を株価に連動させればちったあ会社のために頑張るだろうと思いきや、粉飾決算で株価を上げることのみに腐心したり、状況がやばくなってくると社員たちには株を売ることを禁じる一方自分だけ持ち株を売りぬいたりと、経営者たちの悪行は次々と続いて、結局アメリカでは国民の膨大な富が失われてしまった。その責任は、経営者たちのみならず、骨抜きにされていた監査役、弱腰だったSEC、そして株価が上がっていくことに拍手を送っていた投資家にもある、という。株式投資なんて僕にはまったく縁のない世界だが、一サラリーマンとして、もし自分がこんな不祥事を起こす会社に勤めていたら、自分の働きは一体なんだったんだろう、と思うに違いない。

また、カリスマ的な経営者すら業績に対して過剰な報酬をもらいすぎで、アメリカの危機の元凶はつまるところがそのあたりにあるということも言っている。この著者の素晴らしいところは、法律違反かどうかは単に法律の問題であって、根本的にその行為がどういうことなのか、というところに勇敢に焦点をあてているところだ。

自分はいくら報酬をもらってもいいのだというウェルチの感覚は、[タイコの]コズロウスキの場合とまったく同様に、良識に対する侵害だった。二人はともに不遜の罪を犯したのである。(274ページ)

LBOからストックオプションへ、そして市場バブルへの流れは、ある一貫した精神によって育まれた。投機の拡大と職権乱用のエピソードの背景には、一つのパターンがあった。そのパターンに見られるのは、貪欲さといった人間の特質や、デリバティブといった新しい手段ではなく、文化の退化、すなわち道徳基準の全般的な低下である。(287ページ)

この話はアメリカ企業とウォール街近辺の腐敗について書かれた本だが、それを世界の末端の方まで延長すると、狂牛病とか、搾取労働とか、利権争い絡みの武力闘争へと形を変える。投資家は懐がさみしくなるだけかもしれないが、物理的な身体や命の危険にさらされるのはいつもその他の人々なのだ。ちなみにその辺の事情については自分の担当した下のような本がある。


ノリーナ・ハーツ『巨大企業が民主主義を滅ぼす』

企業の論理が投票の一票の重みよりも影響力を持ちつつあることに警鐘を鳴らす。ケンブリッジの気鋭の学者が書いた書。それでもなお政治に対してわれわれの持てる力を行使し続けることに意味がある、ということを再確認。


ジョエル・ベイカン『ザ・コーポレーション』

2005年12月より渋谷UPLINK他で同名の映画も公開。もともと、株式会社っていうもの自体が、損害を他に転嫁するようにできているものであり、その暴走を止めるにはやはり政府が規制して、強制的に解散させるとかせなならんのだ、というお話。チョムスキー、ナオミ・クライン、ミルトン・フリードマンなどのインタビューなどの豪華論客も参加。

仕事上、とくに翻訳者の方から訳書を頂くことが多い。できるだけ早く読んで感想なりお伝えしようとしているのだが、なかなか追いつかない。A.C.グレイリング著『考える快楽――グレイリング先生の哲学講義』『静寂のノヴァスコシア』でご一緒させて頂いた栗木さんに頂いた本。妥協、勇気、平和…などたくさんのテーマについて、哲学者なりの考察を提示している本で、もともと英国ガーディアン紙の連載ゆえに、短くって読みやすい。

実は、僕は結構興奮しながらこの本を読んだ。旧弊や因習に対して、頭で考えるということが強力な武器になるのだ、とわかったからだ。リチャード・ドーキンス『悪魔に仕える牧師』という本は、「なぜ科学は『神』を必要としないのか」というサブタイトルの通り、科学から宗教に完全に三行半を叩きつける書であったが、僕は感心しながらもうらやましく思っていた。科学者には科学的思考という武器があって、それによって宗教のような大きくて強い権威に立ち向かえるのに、自分にはそれは難しいかも……と思っていたのだ。が、このグレイリングの本を読むと、文系的思考の積み重ねによって、こんなにも明快にスパっと古い権威の衣を切り裂けるのかと、目からウロコが落ちる思いがする。

日本ではそれほどではないにしても、アメリカでは宗教人の意見は絶大だ。宗教人が進化論などけしからんと言えば、それを学校で教えないことになってしまうし、エイズは同性愛者への罰だと言えば、それによって政府は対応を踏みとどまる。僕なんかは、アメリカの裁判で証人が聖書に手を置いて宣誓するのも「えっ、そんなんでOKなの?」と違和感を覚える。だったらまだ「じっちゃんの名にかけて」とか「月に代わっておしおきよ」とでも言われるほうが信憑性がある。


いまから100年以上も前にロンドンを震撼させた「切り裂きジャック事件」について、ミステリ作家のコーンウェルが真犯人を突き止めるというノンフィクション。切り裂きジャックといえば、これまでもいろいろな説があるが、コーンウェルは印象派画家のウォルター・シッカートが真犯人であるとし、シッカートの絵を買い込んで分析したり、犯人から送られた手紙に残された微細な証拠をDNA鑑定したりして、その説を固めている。コーンウェルがこの調査につぎ込んだ金は7億円! すんごーい。とはいえ、もちろんコーンウェルもそれは承知のはずだが、どんなに頑張ってもいまでは強力な「状況証拠」以上のものは出てこないのだ。それだけに、その執念たるや賞賛に値する。僕だったら7000円くらいなら出せるかな。

もちろん諸説ある話題なので、コーンウェル説を否定する向きもあるのだが、今年8月の末には、コーンウェルはその説に反対する専門家たちに向けて、イギリスのガーディアン紙、インディペンデント紙に意見広告を打って反撃するなどもしている。

単行本のときは「ふーん、切り裂きジャックねぇ」くらいに思っていたのだが、こんなに盛り上がるんなら文庫で読んどかねばっ!と思い、読んでみた。と言いたいところだが、実は、最近たまたま自分の中だけで「聖飢魔Ⅱ再考」ブームで、それで「Jack the Ripper」という切り裂きジャックをテーマにした歌を聴いていたので、なんとなく気になって本を手に取ったのだった(ちょっと恥ずかしい)。その歌詞によるとたぶん「地獄から来た」ってことらしい。あー、そうなのか。

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